<神話の如き理>



 雲から水は生まれた。それを見た龍が歌っ た。
「お前が水であるならば。私の涙は何であろ う。母の涙は何であったろう。
 水が出づるより前から、なぜ水が水であると 知っていたのだろう。
 水よ、水であるなら答えてみせよ」
 雲より落ちた水は、龍にも注ぎ地を流れてい った。
「あなたの涙は水ではありますまい。わたしは 雲から生まれたばかりでございますから。涙は 血などであったのでしょう」言って水は消え失 せてしまった。
 水を吸った地を尾で打ちのめし、龍は水を落 とした空に吼えた。
「何故だ。何故なのだ? 水は地に消え、母は 血の涙を残して霧となった。何故に消えゆく。 何処に消え去る? 答えをくれ」
 龍の声は立ち消え、風が唸り出す。雷の絶叫 が響く。
 龍は空の子であるのに、その声は空に届くこ とはない。風も雷も嘲笑うだけで、龍には答え もしない。
 虚空を圧する風音と雷鳴の中で、舞っていた 雪が龍に囁く。
「お前さまは龍でありましょうに。何も彼もご 存じのではありませぬか。何を苦悩なさる」
「誰のも虚しいわ。私よりも知で勝れる者は おらぬだから」
 火のく龍は怒り、空もまた荒れ、雪も力を増し 囁などではなくなっていく。
「そうが簡単に立つわけはない。それをも、 お知りでは」
「それでも知りたいのだ。私は何故に神だ。何 故に全知であるか。全知であるだに分からぬこ とがあるのは何故なのだ」
 雪ももはや黙り、何も答えない。知で分から ぬことは答えられもしない。
 龍は最前よりも強く吼える。空が揺れ、風も 雪も雷も止んだ。それでも吼え、雲が堕ちた。
 堕ちた雲を、龍は引き裂いた。中には雷も風 も霧も雨も雪もも包まれていたが、いずれも死 に絶えた。空もなく雨もなく、龍は神ではなく なった。
 残っているのは、ただ地のみ。龍は最後の地 すらも叩き壊した。何者かが龍を見ることはな い。龍見られる者もまたない。
 龍は全てを壊すことで、再び神となった。
 荒々しき神体は、美しい鈍色だった。
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